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「京料理」考 6

 つい先日、ミシュランガイド関西2014が発売された。関西版は今年で5回目を数える。今回は京料理とミシュランについての回であったが、巷間で話題にのぼっている食の安全性について急遽、考えてみたい。

 食の安全性あるいは偽装表示に関する事件や事故は、これまでもたびたび報道されてきた。タケノコ、鰻などの産地偽装や中国製冷凍食品、生食レバーの事件などここ最近でもたびたび問題視されてきた。
 今回はホテルで、エビや豚肉、ネギなど表記と実際の産地が異なった商品を提供したことが明らかになっている。「誤表示」であったのか、「偽装」だったのか、あるいは「筆が滑った」のかをここで論じるつもりはない。ただ、食べ物を提供することは(ましてお金を支払っているのだから…)、味うんぬんの前に「口にしても大丈夫ですよ、問題ありませんよ」と担保するのが大前提になる。商売であるから、利潤を追求するのは当然である。高級食材を仕入れて、高額な料金を取って客を満足させるのも商売なら、安価な食材を使って職人の技でそれを美味しい料理にするのも商売である。値段の問題はひとまず置いておくとしても、たとえば、割烹でも居酒屋でも構わないが数名で料理をこしらえる店では、店主がすべての調理工程に関わり、なにがしかの手を加えてはじめて客の前にだされる。この人がつくった料理だからという安心や信用があるから、客は迷わず口に運ぶのである。清潔感のない料理人がつくった料理など、いくら美味しそうでも口に運ぶことすらためらわれる。もっといえば対面の商売では、料理をとおして客は店主その人を「食べる」くらいの感覚になって、その瞬間のすべてを委ねる。
 そう考えると、ホテルの調理場という閉鎖的な空間に今回の問題の遠因があるように思える。そこでは、料理人は客の「姿」を意識することが難しい状態になり、それが常態化して料理を出すのが「作業」に変わってしまうようになる。感覚が鈍るというよりも想像力が働きにくくなる。さらに最近のホテルでは(もちろん一部であると信じたいが…)、料理人が魚をさばくのではなく、業者があらかじめ指定のグラム数にカットして卸す場合もあるというから驚きである。こちらの感覚が古いのかもしれないし、ホテル側としたら業者任せの方が経費を削減できるとの反論もあるのかもしれないが、客に出せる確かなものかどうかは、自分でさばいてみてはじめてわかるのではないかと思う。

 浅薄なグルメ情報に惑わされることなく、安心で安全な食べ物を幸せに食べられることは意外に難しい世の中になってきているのだろうか考え込んでしまった。

次号へつづく

 
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